2017年11月26日日曜日

고문사파 워크숍에 대한 노경희 선생님의 에세이 / 古文辞派ワークショップについての盧京姫先生の文章

8월의 워크숍과 그간의 한일 연구교류에 대해 강연자이신 노경희 선생님이 에세이를 작성하였습니다. / 8月のワークショップと、その際の韓日の研究交流について、講演者の盧京姫先生が、文章にまとめられています(韓国語のみ)。

盧京姫「21세기 한일 의고문학과 고문사문학 연구자의 만남(21世紀における韓国擬古文学及び日本古文辞文学の研究者たちの出会い)」(『문헌과해석(文献と解釈)』80号、2017年11月)。

Workshop Program
Report

2017年10月31日火曜日

御礼と今後の成果発信について

 3年間のプロジェクト(予算執行期間)が、2017年9月で終了いたしました。お世話になりました学会、大学、研究機関、図書館、先生方、学生、スタッフ、そして、研究集会にご参加いただきましたすべての方にあつく御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
 プロジェクト3年目となる今年度は、「連携」をキーワードにして活動してまいりました。国際日本文化研究センター、荻生徂徠研究会、無窮会、韓国の槿域文学会の皆さまをはじめ、多くの異なる研究領域の方と出会うことができました。素晴らしい体験でした。また、このプロジェクト開始時にセッションを設けさせていただいた和漢比較文学会海外例会において、締めくくりの行事を開催させていただきましたことも、感慨深いことでした。
 今後の成果発信ですが、今回得た知見やデータにつきまして、なおしばらくの間、このページで発信してまいります。共同研究の柱の一つである、日本漢詩における名詩形成については、データ集を掲載予定です。また、日本漢詩における通史の検討については、今回の一連の検討作業や研究集会で行われた報告や議論を内容とする論集を刊行する計画です。どうぞ、引き続き、よろしくお願い申し上げます。

 期間中、以下のようなイベントを開催し(一部短報等を含む)、多くの方と議論をし、知見を共有することができました。ご支援、お導きに、あらためて深く感謝申し上げます。

1. 2014年11月29日 第1回検討会
2. 2014年12月 合山林太郎氏「永井荷風による館柳湾評価の背景-明治期漢詩人の江戸漢詩に対するまなざし」(『語文』103号)
3. 2015年1月10日 第2回研究会
4. 2015年2月23日 水田紀久先生インタビュー
5. 2015年3月 戸川芳郎先生インタビュー
6. 2015年3月15日 後藤昭雄先生インタビュー
7. 2015年3月 合山林太郎氏「日本漢文学についての新しい通史を描く―「日本漢文学プロジェクトの概要と背景―」(『書物学』第4巻、勉誠出版、2015年1月)
8. 2015年3月23日「第1回日本漢文学総合討論」
9. 2015年4月10日 国際ワークショップ「幕末漢詩文の“かたち”」
10. 2015年5月 合山林太郎氏「日本漢詩文とカノン」(『リポート笠間』58号、笠間書院)
11. 2016年8月4~5日 姜明官(カン・ミョングァン)先生・黄渭周(ファン・ウィジュ)先生へのインタビュー
12. 2015年8月28日~9月1日 和漢比較文学会海外特別例会講演・パネル発表
13. 2015年12月17日 二松学舎大学『近代日本の「知」の形成と漢学』テーブルスピーチ「日本漢文学プロジェクトの現状―見えてきた課題と今後の展望―」
14. 2016年1月9日 第3回研究会
15. 2016年1月13日 和習研究会
16. 2016年1月18日 和習研究会
17. 2016年1月20日 和習研究会
18. 2016年1月22日 徳田武先生インタビュー、特別講演会
19. 2016年1月25日 和習研究会
20. 2016年2月11日 王勇先生インタビュー
21. 2016年2月24日 和習研究会
22. 2016年7月28日 ワークショップ「『ケンブリッジ日本文学史』を読む―漢文学関連の章を中心に―」
23. 2016年7月30日 国文学研究資料館・第2回日本語の歴史的典籍国際研究集会 パネル「日本漢文学研究を“つなぐ”―通史的な分析・国際発信・社会連携―」
24. 2016年7月 「中国・西安で日本漢文学研究のグローバル化について考える―第8回和漢比較文学会海外特別例会発表についての報告―」(『雙松通訊』21号)
25. 2016年9月9日 第4回研究会
26. 2016年9月10日 第二回日本漢文学総合討論 「“漢文学”は東アジアにおいてどう語られてきたか? ―中国、韓国、そして日本―」
27. 2016年10月11日 和習研究会2016
28. 2016年11月19日 公開シンポジウム「文雅の記憶―幕末・明治期文人と時代・政治・地域文化―」
29. 2017年1月13日 揖斐高先生 特別講演会 
30. 2017年2月21日 和習研究会2017-楊昆鵬先生を囲んで-
31. 2017年3月10日 福井辰彦氏「【報告】公開シンポジウム 文雅の記憶―幕末・明治期文人と時代・政治・地域文化ー」(『上智大学国文学科紀要』34号)
32. 2017年3月18日(土) “Early Modern Japan Network(EMJN) annual meeting パネル“The Local and the Global in Early Modern Japanese Kanshi”
33. 2017年6月 山本嘉孝氏「上方文藝への招待(6)第二回日本漢文学総合討論「“漢文学”は東アジアにおいてどう語られてきたか?」報告」(『上方文藝研究』14号)
34. 2017年8月1・2日 合同研究会(国際日本文化研究センター共同研究「投企する古典性―視覚/大衆/現代」)「漢文学研究がつなぐ“世界”―古代/近代―」
35. 2017年8月4日 国際ワークショップ「東アジアの思想と文学+α:古文辞派を考える」
36. 2017年8月28日「生誕150周年夏目漱石学術サロン」(和漢比較文学会海外特別例会中のセッション)
37. 2017年9月24日 無窮会発表
38. 2017年10月1日 和漢比較文学会大会発表

2017年10月27日金曜日

『淀川両岸一覧』所載の漢詩の分析:淀川をめぐる名詩の形成

 新稲法子氏「漢詩で旅する淀川―『淀川両岸一覧』の漢詩」(『枚方市史年報』第19号、2017年3月 →枚方市のページ〈書影のみ〉)では、暁晴翁(鐘成)『淀川両岸一覧』(文久元年刊〈1861〉 →早稲田図書館蔵本)所載の漢詩について、詳細な分析を行い、本書所収の詩の選定に平塚飄斎が深く関わっていることについて(平塚雅樹氏「中島棕隠の晩年(二)」〈『太平詩文』68号、2016年1月〉に指摘あり)、新たな角度から論証しています。
 名所・名勝と漢詩、あるいは地誌と漢詩の関係は、文化史研究の上からもきわめて重要なテーマですが、本論文は、淀川におけるそうした名詩形成の過程を、『淀川両岸一覧』周辺の人間関係や漢詩の詩句の異同などをたどりながら、具体的に明らかにしたものです。

2017年10月26日木曜日

和漢比較文学会大会において発表いたしました(10/1)

 第36回(2017年度)和漢比較文学大会(大手前大学、2018年9月30日、10月1日)において、本共同研究の一部である日本漢詩における名詩の形成についての調査の成果として、「正岡子規が読んだ江戸漢詩詞華集―『才子必誦 崑山片玉』・『日本名家詩選』―」(合山林太郎)を発表いたしました。正岡子規の手になるとされる『随録詩集 第一編』(法政大学図書館蔵 →同大学正岡子規文庫デジタルアーカイブ)の収録詩の一部が、村尾元矩編『才子必誦 崑山片玉』(明治八年〈一八七五〉刊 →国会デジタルコレクション)及び首藤水晶『日本名家詩選』(安永四年〈1775〉刊 →早稲田・古典籍総合データベース)から抄出されたものであることを明らかにしたものです。
 『才子必誦 崑山片玉』『日本名家詩選』は、いずれも必ずしも格が高いとは言えない漢詩詞華集であり(いずれも書型は中本。発表後「今でも古書店でよく見るような本ということですね」というコメントをいただきましたが、その通りです)、これまでの日本漢詩文研究で注目されてはいませんでした。しかし、こうした片々たる詞華集が日本漢詩の名詩形成に大きな影響を与えていたことが推定される、ということが今回明らかになったと考えています。
 なお、会場でご指摘いただいた、『随録詩集』とはどのような性格のノートか、といった問題や、今回の指摘が子規研究にどのような意味があるかという点は、今後、検討すべき余地があると思います。多くの方からご質問、ご意見を賜りました。心より御礼申し上げます。

2017年9月25日月曜日

無窮会において報告を行いました(9/24)

 公益財団法人無窮会九月例会において、本研究の成果の一部(近世・近代日本漢詩における名詩形成の過程)を報告させていただきました(合山林太郎「教養としての日本漢詩―戦前までの伝統をふり返る―」)。明治期の漢詩詞華集と兪樾、あるいは中国の詩話との関係をどう捉えるか、また、現在の教科書に収録されている日本漢詩の選定には、教えやすさ(現代文や古典の作品と関連があると教えやすい。具体的に言えば、教科書に採られている鷗外や子規の漢詩文は、『舞姫』や『こころ』を教える際に関連づけしやすい。教科書に収録された日本漢詩はこちら)などの要素が関係しているのではないか、といったご意見をいただきました。多くの貴重なご教示を賜りました。心より御礼申し上げます。

2017年9月5日火曜日

「夏目漱石漢詩研修会」(中国・西北大学)を終了いたしました

 約35名の参加者があり、楊昆鵬氏の司会、黄昱氏、呂天雯氏、陳潮涯氏の3名の同時通訳により、中国語、日本語の両方で報告及び討論がなされた。冒頭、合山林太郎氏により、本検討用の資料についての説明があり、漱石の詩について、などの時期に分けられること、また、それぞれの時期を代表する詩として、以下の11首を選んだことが述べられた。

A 〔春興〕 1898(明治31)年3月(全集番号65)、32歳、熊本時代の作、五言古詩
B 菜花黃 1898(明治31)年3月(全集番号68)、32歳、熊本時代の作、五言古詩
C 〔無題〕1910(明治43)年9月20日作(全集番号78)、44歳、修善寺喀血後の作、五言絶句
D 〔無題〕1910年(明治43)9月22日作(全集番号79)、44歳、修善寺喀血後の作、五言絶句
E 〔無題〕1910年(明治43)10月1日作(全集番号82)、44歳、修善寺喀血後の作、五言絶句
F 〔無題〕1910年(明治43)10月3日(全集番号84)、44歳、修善寺喀血後の作、五言絶句
G 〔無題〕1910年(明治43)10月11日(全集番号90)、44歳、修善寺の大患後、長与病院に再入院したときの作、七言律詩
H 〔題自画〕 1914年(大正3)11月、(全集番号125)、48歳、中間期、七言絶句
I 〔題自畫〕1916年(大正5)春、(全集番号133)、50歳、中間期、七言絶句
J 〔無題〕1916年(大正5)9月4日(全集番号155)、50歳の作、明暗時代、七言律詩
K 〔無題〕1916年(大正5)11月20日(全集番号208)、50歳の作、明暗時代、七言律詩
 
 
次に、金中教授(西安交通大学)、陶成涛教授(西北大学、終南吟社)による中国語による朗誦及び品評が行われた。朗誦する詩として、金教授、陶教授ともに、 検討用資料掲載の詩の中から、 C,E,F,H,Kの詩を選ばれた。金中教授は漱石の絶句を、陶教授は律詩を高く評価した。
 この後、フロアも交えて討論を行った。漱石が晩年(『明暗』時代)、七言律詩(七律)を集中的に制作しているが、こうした作品群において、七律という形式が本当に効果的に用いられているか、その表現に冗長さがないか、という質問がなされた。これに対し、金教授及び陶教授より、七律の形式が完成するまでの中国古典詩史の流れ(七律は成熟した形式)や、七律の持つリズム感(流麗さ、五言詩を日本語の五・七調とするならば、七言詩は日本語の七・五調に近い)について考慮に入れるべきである、あるいは、絶句より構成的である律詩は、人生の思考や解脱を求める内面を表現するのに向いており、こうした点も漱石の関心を引いたのであろうとの応答がなされた。議論はこの後、日本人の漢詩の情緒表現、さらには漢詩における情緒表現とは何かといった面にまで発展した。
 また、検討対象となっている漱石の詩は、すべて作り手の心情を述べることに主眼を置いたものであるが、これは、漱石の特徴なのか、それとも明治漢詩文の特徴と考えるべきなのか、という質問があった。これに対し、合山氏より、基本的には漱石一人の特徴と考えるべきであり、明治期の専門漢詩人の作には、国家や社会について詠った詩が多く存在すると回答がなされた。
 このほか、今回、検討された詩には故事が含まれないものが多いが、そのことに何か意図があるのかといった指摘や(漱石の初期、晩年の詩には、『蒙求』の故事などが詠われるものもあるが、それらは今回検討対象には入っていない)、中国の無題詩の伝統の中で、漱石の詩を検討することの可能か(漱石の詩は題が付けられていないものが多く、それらは今日「無題」と呼ばれている)などの質問があった。
   
本研修会は、一昨年より開催してきた和習研究会(大阪東京)の集大成として企画されたものである。和習研究会では、日本人の漢詩が、文化や言語の環境を異にする中国において、どのように評価されるか、すなわち、日本という文化的な土壌を離れて、日本漢詩がいかに評価され得るかという問題をについて、近世・近代の日本漢詩の”和習”を手がかりとしながら考えてきた。
 今回の集会においては、中国語で詩を読む際の音韻の要素について理解を深めた。と同時に、詩の本質的な部分に関しては、中国と日本との間で同じであるとの感触も得た。金中教授の「極限すれば、詩作に素人と玄人の区別はなく、そこに表された感情の“濃度”によって決まるのだ」という言葉が、その本質をよく表しているように思われる。

 なお、本集会は、和漢比較文学海外特別例会中のセッションとして、西北大学外国語学院の協力を得て行われました。ご高配を賜りました相田満教授、高兵兵教授、関係の先生方、スタッフの皆様に感謝申し上げます。
 




  
→集会プログラム・ポスター
 

2017年8月28日月曜日

学会レポート 学術大会「江戸の窓から朝鮮を見る―江戸時代の古典研究と思想文芸の革新」(8/18、韓国・高麗大學校)

 2017年8月18日(金曜日)、韓国高麗大学校・民族文化研究院(会議室)において「江戸の窓から朝鮮を見る―江戸時代の古典研究と思想文芸の革新」という学術大会が開催された。これは、槿域漢文学会と高麗大学校民族文化研究院<東アジア文明と韓国>企画チームが共同で主催したものである。韓国国内の国文学(漢文学)研究者、日本文学研究者30余名参加し、基調講演及び学術発表が行われた。以下、大会の概況を記す。
 本会は、槿域漢文学会会長の沈慶昊(シムキョンホ)教授が、長年、構想をあたためてきたものであり、江戸時代日本の漢文学を調査し、それとの比較を行うことを通して、朝鮮の漢文学の性質や特徴を、より客観的に分析することを趣旨とするものである。韓国の国文学系の学術大会において、江戸時代日本の漢文学についての研究を主要なテーマとする大会が開催されるのは、今回が初めてとなる。
 冒頭、沈慶昊教授による基調講演「方法としての江戸―朝鮮後期の学術と江戸の文化知性史における五つの比較―」が行われた。17世紀以降の韓国と日本の学術及び文化をより客観的に比較研究するために、重要なポイントとなる五つの論点が示され、それぞれについて沈教授の見解が述べられた。五つのポイントとは、①文字学問権力の具現様態と博学、②日本朱子学と李滉(イホァン)、③朝鮮通信使の韓日両国の学術及び文学への貢献とその限界、④日本古学と清初考証的訓詁学(毛奇齢の経学説)と丁若鏞(チョンヤギョン)、⑤出版文化の比較、である。
 その後、以下のような7本の学術報告が行われた。
  1.  「松下忠『江戸時代の詩風詩論』と江戸時代漢文学研究の現在」 合山林太郎(慶應義塾大)
  2.  「藤原惺窩『文章達徳綱領』における朝鮮と中国」 朴京男(高麗大)
  3.  「石田梅岩『都鄙問答』と経済思想」高永爛(高麗大)
  4.  「18世紀日本の古文辞派による中国詩選集の刊行と江戸漢詩の変遷」 盧京姫(蔚山大)
  5.  「蘐園学派による古文批評の争点と特徴:荻生徂徠『四家雋』及び『古文矩』、太宰春臺『文論』を中心に」 河志英(梨花女子大)
  6.  「文明と武威の間:伊藤東涯の朝鮮観と文明意識」 李暁源(ソウル大)
  7.  「19世紀前期に漢文で執筆された日本における壬辰倭乱に関する文献について:『日本外史』と『征韓偉略』の比較を中心に」 金時徳(ソウル大・奎章閣)  
この後、それぞれの発表に基づいて議論が行われた。一例を挙げるならば、朴京男(パクキョンナム)教授は、報告において、韓国・日本両方の研究に幅広く目を配りつつ、藤原惺窩の朱子学は姜沆(カンハン)により大きく影響されたという既存の見方(阿部吉雄ら)に対して異議を唱え、また、惺窩の『文章達徳綱領』を思想的な角度から分析する内容であったが、この発表から、阿部吉雄の研究の傾向はどのようなものか、あるいは、朱子学者とは何か、など、様々な問題提起がなされ、多くの有益な意見が提出された。
 総合討論では、日本の漢文学を考えるためには仮名文学を視野に入れなければならないこと、また、東アジアの漢字文化圏は均質なものではないことなども議論された。
 閉会の際には、沈慶昊教授が今大会の意義を改めて強調され、このような日本漢文学への関心と追及を保持しつつ、韓国の漢文学をより広く客観的に見ていくことを提案し、また、あわせて日本の漢文学研究者たちの協力にも期待を表明した。
 先にも述べたとおり、本研究集会は、韓国漢文学者たちが主体となって日本漢文学をみようとする、初めての学術大会であった。これをきっかけに、韓日両国の学術の交流がより活発化し、東アジア全体を視野に入れた漢文学研究が、さらに大きく発展することが予測される。
 
(文責;康盛国)
 
 

 

2017年8月21日月曜日

夏目漱石漢詩研究討論会を開催します(8/29 中国・西北大学)

纪念夏目漱石诞辰150周年学术沙龙:夏目漱石汉诗研习鉴赏会
夏目漱石生誕150周年紀念学術サロン:夏目漱石漢詩研究討論会

歴史的典籍NW事業

2017年8月29日(火)13:45~15:45
中国・西北大学外国語学院・第二課堂(長安校区6号棟1階)

プログラム

趣旨説明(夏目漱石の漢詩の特徴と背景)
合山林太郎 慶應義塾大学 准教授

詩吟
金 中 西安交通大学 教授
終南詩社社中

鑑賞・討論
参加者全員

コメンテーター
楊昆鵬 武蔵野大学 准教授

モデレーター・同時通訳
黄 昱 国文学研究資料館 機関研究員
呂天雯  早稲田大学大学院 博士課程生
陳潮涯 大阪大学大学院 博士課程生

司会
高兵兵 西北大学 教授

趣旨
 夏目漱石は、近代日本を代表する小説家というだけではなく、漢詩を多く制作した人物であり、中国においても、近代日本を代表する漢詩人として、内藤湖南とともにその名が知られている。しかし、漱石の漢詩はきわめて特殊な環境のもとで作られ、その解釈は難しい。日本では、吉川幸次郎の『漱石詩注』以来、高い評価が与えているが、詩としてどのように位置付け得るものなのか、漢文学に関心を持つ人々が自由に議論し、検討すべき問題であると思われる。
 本集会では、同時通訳を介しながら、中国と日本の研究者や詩人、詩作愛好者たちが、漱石の漢詩について、ともに考えてゆく。なお、漱石の漢詩は200首程度あるが、熊本時代の作品、修善寺の大患後の作品、『明暗』執筆時の作品などを数篇ずつ取り上げる。

主催:和漢比較文学会 日本漢文学プロジェクト
承催:西北大学日本文化研究センター 終南詩社
共催:国文学研究資料館 西北大学外国語学院 陝西省外国文学学会

和漢比較文学第10回海外特別例会のページ


2017年8月6日日曜日

国際ワークショップ「東アジアの思想と文学+α : 古文辞派を考える」終了いたしました

 20名の参加者があり、活発で具体的な議論が行われました。
 はじめに、盧京姫氏の講演があり、まず、日本では通常「古文辞派」や「格調派」などと言いあらわされている前・後七子の影響を受けた人々(日本では徂徠一派と同義で使用されることが多い)の呼称について、韓国では、必ずしもグループをなしたいたわけではなく、時期や身分なども違っていたことが説明され、これらの人々の総称については、「擬古文派」あるいは「秦漢古文派」など、文脈や背景によって複数の用語を使用していく旨が説明されました。
 次に、朝鮮王朝の「擬古文派」または「秦漢古文派」と言い得る代表的な人物として、許筠(ホ・ジュン、1569~1618)、申維翰(シン・ユハン、1681~1752)、李彦瑱(イ・ウォンジン、1740~1766)の3名について説明がなされ、これらの人物の身分(両班、中人の別)などが大きく違っていることなどが解説されました。なお、許筠は燕行使に、申維翰及び李彦瑱は使行(朝鮮通信使)に参加した人物であり、とくに近年の韓国の研究界では、李彦瑱への関心が高まっているとのことです。 
 このほか、盧京姫氏は、韓国(朝鮮王朝)と近世日本では、明の前・後七子受容の時期の違いが持つ意味(朝鮮は17世紀からに開始され、日本は18世紀の徂徠学派が中心である)、さらには、朝鮮と日本との間の、前・後七子の受容の実質的内容の差異(①「文必秦漢、詩必盛唐」という、同じ前後七子の文学的主張を受け入れながらも、朝鮮の場合、作家の個性と内面の表現をさらに強調するのに対し、日本の場合、作品の格調と形式、文辞の再現を重視している、②前・後七子のうち、日本では李攀龍へも相当の関心が払われるのに対し、朝鮮では、主として、王世貞について興味が持たれている)などについても考察を及ぼされ、今後、研究において、朝鮮通信使における両国の古文辞派の接触を検討する際に、注意を払うべきであることを指摘されました。
 この講演を受けて、ディスカッサントの澤井啓一氏、高山大毅氏、藍弘岳氏より質問やコメントがありました。とくに議論が集中したのは、近年の韓国における研究で関心が持たれている徂徠の「贈朝鮮使序」(『徂徠集稿』、慶應大学図書館蔵、平石直昭氏『荻生徂徠年譜考』平凡社、1984年、118頁に一部引用があり、言及されています)という文章です。これは、版本の『徂徠集』には掲載されていない文章(編集段階で削除された)であり、享保4年(1719)の朝鮮通信使へあてた内容を持ちます。この文章をどのように評価するのか、すなわち、①これは実際に徂徠が朝鮮通信使に会ったことを意味するものなのか、そうではなく事前に準備して書かれたものと考えた方がよいのか、②徂徠の本心が表されたものか、あるいは外交儀礼的な内容を持つものなのか(前掲平石氏『年譜考』においては、「多分に外交辞令の気味がある」と評価されています)などの点について、意見の応酬がありました。
 全体として、韓国と日本の思想と文学の研究の流れに大きな知見をもたらす、有意義な集会であったと思います。論文などが国際的に流通するだけではなく、実際に研究者同士が会うことによって、考察に大きな展開がなされるということを実感いたしました。今後も、朝鮮、日本それぞれの漢文資料をともに読解するなどの行為を通じて、研究の進展を図っていきたいと考えています。

研究集会プログラム・ポスター


 
 
 

2017年8月5日土曜日

合同研究会「漢文学研究がつなぐ“世界”―古代/近代―」終了いたしました

 2日間で約30名の参加者があり、4本の報告にもとづき、荒木浩氏の司会のもと、熱のこもった議論が行われた。
 合山林太郎氏は、これまでの日本漢文学プロジェクトの成果について報告するとともに、大衆化、日本化、和漢などの日本漢文学を通史的な視点から見通すためのいくつかの視点について考察した。
 劉雨珍氏は、明治初年に、宮島誠一郎らと黄遵憲らとの間で交わされた漢文の筆談について、場の状況、人物たちの性格、筆談の内容を踏まえながら詳細に分析するとともに、日中文人の間で交わされた唱和詩が、刊行物収録時などに改稿された事象などを取り上げ、筆談資料の取扱いの難しさについて述べた。
 エドアルド・ジェルリーニ氏は、近読(狭い範囲のテキストを詳細に読むこと)とともに遠読(翻訳や注釈などを参照しつつ広い範囲のテキストを読むこと)を行う重要性について指摘しつつ、道真の詩を中世ヨーロッパの詩人と比較し、詩文の儀礼性などの点で同質性が見出される一方、詩の位置付けなどの点では差異が見られると主張した。
 葛継勇氏は、9世紀の唐への留学僧円載について、綿密な史実との考証や送別詩の詳細な分析を行い、先行の研究とは異なる円載像を見出し得ると論じた。たとえば、真摯に天台を学ぼうとする僧侶の姿が看取されると述べた。
 ディスカッサントの滝川幸司氏をはじめ、多くの参加者から質問がなされ、中国語・日本語文芸の両方の性格を持つ日本漢文学の分析手法、漢詩をめぐる中日での評価基準や考え方の違い、詩入都々逸や詩吟・剣舞などの漢詩関係の大衆文化のありよう、日本漢詩文の英語圏における発信の方法、漢詩の表現の持つ類型性とそれを踏まえた読解の重要性、「文学」的な評価軸から離れ、学際的な視点を導入して漢詩文を論じてゆくことの必要性などが議論された。
 それぞれの報告、そして質問の内容や観点は多様であったが、日本漢詩文の歴史や日中漢文学交流史の中に、時代を超えて存在する問題や有効な考察の型があることも感じることができた。あり得べき漢文学研究とは何かということを考える上で、きわめて有意義な2日間であった。

研究集会プログラム・ポスター
国際日本文化研究センター大衆文化プロジェクトのレポート(呉座勇一氏ご執筆)

 

 
 

2017年7月28日金曜日

FYI 山岸徳平先生文庫目録(実践女子大学図書館)、大曾根章介先生文庫線装本書目(慶應義塾大学)―研究資源としての先学の蔵書―

 本プロジェクトには、多くの方よりお問い合わせをいただいております。ありがとうございます。
 実践女子大学図書館より、『実践女子大学図書館蔵山岸徳平文庫目録 日本漢詩文・儒学』20173月)の刊行をお教えいただきました。日本漢詩文研究の基礎を築かれた山岸先生のご蔵書が整備され、新たに公開されることは、研究の大きな発展につながるものです。大曾根章介先生旧蔵の線装本についてまとめた『慶應義塾大学附属研究所斯道文庫 大曾根文庫綫装本待修目録并善本解題』(『斯道文庫論集』50号、20162月、書影は冊子体同年3月刊)とともに、書影を掲げさせていただきます。
 
 

8/8追記 2つの文庫の目録の電子版が、それぞれの書名のリンクから見られます。

2017年7月17日月曜日

合同研究会「漢文学研究がつなぐ“世界”―古代/近代―」を開催します 8月1日(火)2日(水)、京都・国際日本文化研究センター

国際日本文化研究センター共同研究「投企する古典性―視覚/大衆/現代」
国文学研究資料館公募型共同研究「日本漢詩文における古典形成の研究ならびに研究環境のグローバル化に対応した日本漢文学の通史の検討(日本漢文学プロジェクト)」
合同研究会

「漢文学研究がつなぐ“世界”―古代/近代―」

2017年8月1日(火)、2日(水)
国際日本文化研究センター第1共同研究室
http://www.nichibun.ac.jp/ja/information/access/index.html
司会:荒木浩(国際日本文化研究センター)

8月1日(火)
13:30~14:00
事務手続き・諸連絡など

14:00~15:30
研究発表1及び質疑:合山林太郎(慶應義塾大学)
「様々なる<和漢>―日本漢文学プロジェクトの成果と展望」

15:45~17:15
研究発表2及び質疑:劉雨珍(南開大学教授・日文研外国人研究員)
 「筆談で見る明治前期の中日文学交流」

17:15~18:00
総合討議

8月2日(水)
9:30~9:45
事務手続き・諸連絡

9:45~10:45
研究発表3:エドアルド・ジェルリーニ(カフォスカリ・ヴェネツィア大学、博報財団フェロー・日文研外来研究員)
「文学は無用か「不朽の盛事」か―平安朝前期に見る「文」の社会的役割とその世界文学における位相」

11:00~12:00 
研究発表4:葛継勇(鄭州大学、日文研外国人研究員)
「「東国至人」から「郷賊」へ、「還俗僧」から「取経者」へ―留学僧円載の人間像と唐人送別詩」

13:00~14:00
ディスカサント:滝川幸司(京都女子大学)
質疑と総合討議

1日目は近代、2日目は古代について討議します。多くの方の参加をお待ちしております。ご参加を希望される方は、goyama@flet.keio.ac.jpまでご一報ください。

使用言語:日本語
歴史的典籍NW事業

連絡先:合山林太郎(goyama@flet.keio.ac.jp


 
 

2017年7月11日火曜日

国際ワークショップ「東アジアの思想と文学+α : 古文辞派を考える」を開催します 8月4日(金)16時30分~ 専修大学

国際ワークショップ「東アジアの思想と文学+α : 古文辞派を考える」
歴史的典籍NW事業

2017年8月4日(金)16:30~18:00
専修大学神田キャンパス7号館773教室
https://www.senshu-u.ac.jp/about/campus/

講演
盧京姫(Kyung Hee RHO) 韓国・蔚山大学校副教授
「朝鮮の擬古文派 (秦漢古文派)と近世日本の古文辞派-韓国における研究の現状と展望-」

ディスカッサント
澤井啓一(Keiichi SAWAI) 恵泉女学園大学名誉教授
高山大毅(Daiki TAKAYAMA) 駒沢大学准教授
藍弘岳(Hung Yueh LAN) 台湾・国立交通大学副教授

開催趣旨
 江戸時代(近世)の日本の思想や文芸に大きな足跡を残した荻生徂徠とその一派が、明代の前七子・後七子に学んだことはよく知られています。朝鮮においても、許筠や申維翰、李彦瑱など、同じ明の学派を支持した人々がいました。この研究集会では、韓国の最新の研究成果を参照しながら、朝鮮王朝と近世日本における、明代の文学思潮の受容のあり方について議論します。

使用言語:日本語
参加自由・事前申込不要

主催 荻生徂徠研究会、日本漢文学プロジェクト
共催 国文学研究資料館
連絡先 合山林太郎 (03-5418-6437、goyama@flet.keio.ac.jp


 

2017年7月10日月曜日

今後開催予定のイベント

 暑い日々が続いております。8月以降、いくつかのイベントを企画しております。詳細につきましては、今後、あらためて掲示してまいります。多くの方のご参加をお待ちしております(予定であり、変更になる可能性があります)。

8月1日(火)14:00~18:00 2日(水)9:30~14:00 
京都:国際日本文化研究センター
「漢文学研究がつなぐ“世界”―古代/近代―」
国際日本文化研究センター共同研究「投企する古典性―視覚/大衆/現代」(代表:荒木浩先生)との合同研究会

8月4日(金)16:30~18:00
東京:専修大学神田キャンパス
国際ワークショップ「東アジアの思想と文学+α : 古文辞派を考える」
*荻生徂徠研究会(徂徠研)との合同研究会

8月28日(月)午後
中国・西安:西北大学
「生誕150周年夏目漱石学術サロン」
*和漢比較文学会海外特別例会中のセッション →和漢比較文学海外特別例会のページ

2017年7月5日水曜日

第二届南京大学域外漢籍研究国際学術研討会レポート

 7月1・2日、中国・南京大学文学院(仙林キャンパス)において、第二屆南京大學域外漢籍研究國際學術研討會(第二回南京大学域外漢籍研究国際学術検討会、国際シンポジウム、南京大学域外漢籍研究所主催)が開催された。東アジアだけでなく欧米からも総勢百名以上の研究者が集まり、2日間にわたって約80の講演や報告が行われ、中には日本漢文学関係の発表も多数含まれている。プログラムの詳細は以下のリンクよりご覧いただくとして、ここでは会全体に関わる開会式と閉会式の様子について概況を記したい。
http://www.weixinnu.com/article/5965893f09e6f39a0288f8c4

 開会式では、まず本大会の主催を統括する卞東波教授(南京大学文学院)が10年前すなわち2007年に開かれた大会の様子を振り返り、1回目と2回目に参加した「二朝元老」に加えて今回はじめて参加する新進気鋭の若手研究者が一同に集まり、学術の発展とともに研究者の成長も見られると挨拶した。
 次に、歓迎の辞を賜った南京大学文学院院長の徐興無教授が、我々の目指す学術の理想は、文献の捜索にとどまらず、東アジアと世界の文明発展の経験と教訓を探すこと、より高い志を持つべきことを述べた。また域外漢籍研究所の創設者である張伯偉教授の業績を紹介しつつ、域外漢籍研究の専門家は、10年前の第一回目の大会が、「風起雲揚」(漢・武帝「大風歌」の「大風起兮雲飛揚(大風 起りて 雲 飛揚す)」を踏まえる、天下の英雄への呼びかけ)というキャッチフレーズのもと行われたが、10年後の今は「気象万千(景色が千変万化しすばらしいこと、宋・范仲淹「岳陽楼記」中の言葉)」とでも言うべき状態にあると講じた。
 その後、張伯偉教授よる開幕の辞があり、張教授は過去の10年間の若手研究者の成長について言及し、さらにイギリス文学研究やフランス文学研究の例を引き合いに出しつつ、典籍の博捜が主であったこれまでの研究を、今後はより一層新事実・新理論・新方法を試みる方向に進展させるべきことを指摘した。長い間、文学研究は「学而無術(学びて術無し)」・「術而不学(術ありて学ばず)」、すなわち知識がある者は方法論の面で乏しく、逆もまた然りという状態が続いたが、今後はそのような状態は改められなければならないと講じた。
 開会式の後は崔溶澈教授(韓国・高麗大学)、高津孝教授(鹿児島大学)、ジョシュア・A・フォゲル教授(Joshua A. Fogel、カナダ・ヨーク大学)、王国良教授(台北大学)、張伯偉教授により記念講演が行われた。
 
 閉会式では、顧青教授(中華書局)、李慶教授(金沢大学)、稲畑耕一郎教授(早稲田大学)、耿彗玲教授(台湾・朝陽科技大学)、衣若芬教授(シンガポール・南洋理工大学)、朴現圭教授(韓国・順天郷大学)、河野貴美子教授(早稲田大学)、廖肇亨教授(台湾・中央研究院)、林宗正教授(カナダ・ビクトリア大学)、王小盾教授(中国・溫州大学))、静永健教授(九州大学)、蔡振豊教授(台湾大学)が登壇し、それぞれ今大会での議論あるいは過去10年間の域外研究の軌跡を概括しつつ、今後の展望などについてコメントした。域外漢籍研究のこれまでの蓄積が大きなものであること、若手研究者が増加し、国際交流が活発化していること、また、課題として、たとえば、ウェブでの情報発信やデータベースの構築、さらにビッグデータの活用などが挙げられるなどといった、様々な方面からの提言がなされた。
 
 まる2日間に及ぶ今大会は、収穫も多く、密度の濃いものであった。多数の大学院生や中国国内の研究者が聴講に訪れ、会場は終始熱気に包まれていた。今後、中国ではこの領域の研究がますます活発化することが予想される。
(楊昆鵬・合山林太郎)


 
開会の辞を述べる張伯偉教授(右)と卞東波教授(左)

 

2017年6月30日金曜日

「第二回日本漢文学総合討論報告」(『上方文藝研究』)

 山本嘉孝「上方文藝への招待(6) 第二回日本漢文学総合討論「“漢文学”は東アジアにおいてどう語られてきたか?」報告」(『上方文藝研究』14号、2017年6月、pp113-115)に、標記シンポジウムについての詳細なレポートが記されています。
 山本氏の、「恐らく漢文学研究は、まだ、各時代、・地域において基礎的な個別研究が積み重ねられるべき時期に当たっている」が、「必ずしも《個》が《孤》であり続ける必要はない」という評は、このシンポジウムにおける様々な議論への応答として、たいへん重みのあるものです。

関連リンク
→第2回日本漢文学総合討論 趣旨説明 レポート コメント


2017年5月1日月曜日

2017年度の体制

2017年度は、以下の体制でプロジェクトを進めてまいります。
(新たに楊昆鵬先生をメンバーにお迎えいたしました。また、一部の方の勤務先・職位などに変更があります。なお、所属は2017年4月現在のものです。)

浅見洋二  大阪大学・大学院文学研究科・教授 (副代表)
康盛国  ソウル神学大学(韓国)・日本語学科・助教授
金程宇  南京大学(中国)・域外漢籍研究所・教授
高兵兵  西北大学(中国)・文学院・教授
佐藤道生  慶應義塾大学・文学部・教授
住吉朋彦  慶應義塾大学・斯道文庫・教授
滝川幸司  京都女子大学・文学部・教授
中本大  立命館大学・文学部・教授
新稲法子  佛教大学・文学部・非常勤講師
仁木夏実 国立明石工業高等専門学校・准教授
ジュリアン・フォーリ(Julien  Faury) パリ第七大学(パリ・ディドロ大学・フランス)・文学部・非常勤講師
福井辰彦  上智大学・文学部・准教授
福島理子  帝塚山学院大学・リベラルアーツ学部・教授
マシュー・フレーリ(Matthew Fraleigh) ブランダイス大学(アメリカ)・准教授
堀川貴司  慶應義塾大学・斯道文庫・教授
町泉寿郎    二松学舎大学・文学部・教授
山本嘉孝  大阪大学・大学院文学研究科・専任講師
湯浅邦弘  大阪大学・大学院文学研究科・教授
楊昆鵬      武蔵野大学・文学部・准教授
鷲原知良  佛教大学・文学部・非常勤講師
合山林太郎  慶應義塾大学・文学部・准教授 (代表)

これらのコア・メンバー以外の方々にも、連携や協力をお願いすることがあるかと存じます。
お力添えのほど、何卒、よろしくお願い申し上げます。

2017年4月30日日曜日

2016年度(昨年度)の活動終了のご報告と御礼

 2016年度の活動を無事終えることができました。研究集会、シンポジウム、ワークショップ、講演会などにおいて、多くのご意見をいただくことができました。心より感謝申し上げます。ご多忙の中、ご発表やご講演、コメンテーターをお引き受けいただきました先生方、本当にありがとうございました。また、様々なイベントにいらしていただきました方々と、関心や情報を共有することができたことも、たいへんうれしいことでした(新しい共同研究へと発展することを確信しております)。あつく御礼申し上げます。
 今年度は、プロジェクトの最終年度にあたります。成果物をまとめることに注力してまいりますが、その過程において、いくつかの研究の集いを現在企画しております(詳細は追ってご連絡申し上げます)。引き続き、オープンなかたちで議論を行ってゆきたいと思いますので、何卒、よろしくお願い申し上げます。
 なお、本プロジェクトの最終成果物といたしましては、①日本漢詩の名詩形成についての資料・データ、②通史記述的なアプローチをとった場合の、日本漢詩文研究に関する問題点の分析(報告)、③論文集(雑誌形態)を予定しております。とくに③につきましては、これまでのシンポジウム、ワークショップなどでの報告の内容を集め、国内外、時代ごとの日本漢文学研究の最新の研究状況が俯瞰できるような内容にしたいと考えております。お力添えいただければ、ありがたく存じます。

2017年3月23日木曜日

「公開シンポジウム 文雅の記憶―幕末・明治期文人と時代・政治・地域文化ー」の報告(上智大学国文学科紀要)

福井辰彦「【報告】公開シンポジウム 文雅の記憶―幕末・明治期文人と時代・政治・地域文化ー」(『上智大学国文学科紀要』34号、2017年3月10日、pp89-101)に、標記シンポジウムの発表内容の要旨、討議の概要などがまとめられています。福井氏により、報告や議論の内容や背景について、敷衍がなされ、シンポジウムの研究史上の位置づけが明瞭に理解できるようになっています。

関連リンク →シンポジウム・プログラムレポート

2017年3月20日月曜日

Early Modern Japan Networkパネルを終了いたしました。

 約20名の参加者があり、Early Modern Japan Network代表のフィリップ・ブラウン教授により冒頭の挨拶がなされました。その後、パネル・オーガナイザーのマシュー・フレーリ氏より趣旨説明がなされ、続いて3名の報告、ディスカッサントによる問題提起、フロアとの議論が行われました。
 山本嘉孝氏は、祇園南海の「江南歌」を、和歌世界との関連なども視野に入れつつ分析しながら、合山林太郎氏は、近世後期の詩における、中国と日本とで意味が同じではない語(「萩」など)の用例などを取り上げつつ、マシュー・フレーリ氏は、中国風の地名の言い換えに関する、様々な近世文人の見解を取り上げながら、それぞれの観点から、近世日本漢詩におけるグローバルとローカルについて報告を行いました。
 グローバルとローカルという用語は、これまでの近世日本漢詩研究であまり用いられたことのない概念だと思います。報告者の間では、多くの場合、中国や東アジアの古典中国世界に存在するもの、あるいは、そこへの発信をグローバル、日本独自のもの、また、日本における知識の流通をローカルと捉え、議論がなされましたが、雅俗の”俗”をローカルとして捉える視点なども提示されました。また、総じてローカルを志向する近世漢詩の中にあっても、時期や学派により、程度の違いこそあれ、グローバルを意識しているという意見が多く提出されました。
 これに対して、ディスカッサントのリー・シャオロン先生より報告への意見が提示され、漢詩の読解において、日本の文化的コンテキストをはずして見ることの重要性や、漢土にない物の言い換えは中国の古典詩においても見られる現象であること(たとえば、清末の詩において西洋人がどう表現されたか)などについて指摘がなされました。中国古典詩の伝統のなかには、様々な表現のかたちがあり、漢詩について日本ローカルであるということを説得的に述べるためには、広く深い調査が必要である、という点について、大きな示唆をいただきました。
 フロアからは、日本における文字文化や明清詩論の移入との関わりなどの点から、多くの質問がなされ、活発な意見交換が行われました。なお、今回の報告・議論はすべて英語により行われています。

※概要は事務局がまとめたものであり、発言者の意図と齟齬がある可能性があることをお断りいたします。

関連リンク →パネル・プログラム


 



2017年3月12日日曜日

Early Modern Japan Networkにおいてパネル発表を行います

3月18日(土)、AAS (Association for Asian Studies) の年次総会と併設して行われるEarly Modern Japan Network 年次大会(カナダ・トロント)において、「近世日本漢詩におけるローカルとグローバル」というタイトルでパネル発表を行います。パネルの詳細は以下をご覧ください。
https://networks.h-net.org/node/20904/discussions/163652/2017-meeting-early-modern-japan-network-toronto-saturday-mar-18
https://networks.h-net.org/node/163652/pdf (PDF)

2017年2月24日金曜日

「和習研究会2017-楊昆鵬先生を囲んで-」を終了いたしました

 5名の参加者があり、漱石の詩(修善寺の大患の頃に作られた詩群)について、活発な議論が行われました。会では、漱石の一部の詩について、「表現が奇抜に過ぎるのではないか」「意図がやや分りづらい」といった意見が提出されました。漱石の漢詩は、日本文学研究の中で、ある意味、特権的な地位を与えられてきた印象があります。また、その注釈は、詩の読解を通して、漱石の意識や感情を探ることに集中していたように思います。しかし、日本の漢詩が多くの国の人々から研究対象とされている今日、作者に関する予備知識なしで、漱石の漢詩はどのように理解し得るのか、あるいは、どう評価され得るのか、といった問題についても考える必要があるように思われます。

2017年2月17日金曜日

「和習研究会2017-楊昆鵬先生を囲んで-」を開催いたします

昨年度から引き続き、和習研究会を開催いたします。

日時:2月21日(火)15:30~17:30
場所:武蔵野大学(武蔵野キャンパス)7号館3階7306演習室
    中央線三鷹駅からバス15分、西武新宿線田無駅から徒歩25分
    キャンパスマップ交通アクセス
テーマ:夏目漱石の漢詩

この会に参加されたい方は、以下までご連絡ください。
nihonkanbungaku@gmail.com  @を半角の@に変えてください。

2017年2月11日土曜日

韓国・槿域漢文学会 国際学術大会レポート

2017年2月10~11日、韓国・大田(テジョン)・忠南大学校において、槿域漢文学会(근역한문학회、クンヨックハンムンハクフェ)2017年春季国際学術大会が開催されました。

韓国には、中国学とは別に、漢文学研究(経史の学問を基礎として修得し、自国の漢文学を韓国独自の方法により研究する)の伝統があり、大学にも多く漢文学科が設置されています。槿域漢文学会は、こうした漢文学の学会の一つです。「槿域」とは韓半島を意味します。

今大会のテーマは、「韓国漢文学を眺める海外の視線(The Global Views of the Korean Literature in Classical Chinese)」というものであり、韓国の漢文学研究者に加え、中国、マレーシア、台湾、日本などの漢文学研究者が集まり、韓国漢文学研究をさらに発展させるための報告と議論がなされました。多くの発表において、中国語圏、英語圏、そして日本の研究に関して、最新の成果に言及されている点が印象的でした。

韓国の漢文学研究の動向を知ることは、日本の漢文学研究に対しても多くの示唆を与えます。具体的に言うならば、韓国の漢文学研究と比較することによって、日本の漢文学研究のあり方をより明瞭に理解することができます。

一つ例を挙げるならば、韓国漢文学研究において、散文(文)の分析が盛んであるのに対し、日本の漢文学研究は、詩が重視されているように考えられます。これは、戦後の日本において思想と文学とが異なる領域で研究されたこと(日本思想史と日本文学など)や、『中国詩人選集』などの中国古典詩に関する解説書が一般にもひろく読まれ、文学=詩というイメージが浸透したことの影響が大きいように思われますが、いずれにせよ、比較を通じて、自身の領域の研究の特徴・偏りについて認識を深めてゆくことが重要であると、あらためて感じました。

槿域漢文学会のページ (News欄に、大会概要・プログラム〈PDF〉があります)



基調講演を行う沈慶昊(シム・キョンホ、심경호)教授
 
※本プロジェクトの成果、及び、大阪大学大学院文学研究科共同研究の中で共同執筆された論文(下記リンク)を用いて、報告を行いました(合山林太郎「近世日本漢詩文研究から見た韓国漢文学の意義」)。
 

2017年1月14日土曜日

揖斐高先生特別講演会(1/13)を終了いたしました

約60名の参加者がありました。揖斐高先生は、頼山陽が、「勢」と「機」という概念を組み合わせて用いることによって、所与のものとしてある歴史の動きに、人間が主体的に関わる契機を見出したと論じられました。また、山陽による歴史記述が、イデオロギーや思想による歴史評価(いわゆる”歴史観”)とは異なる性質を持っていたこと、とくに、個々の人物が歴史の進行の中で見せる印象的な行動や発言(いわば歴史人物の”表情”とでも呼ぶべきもの)を捉えようとするものであったことを指摘されました。ご講演後、質疑応答が行われ、頼山陽の文学の評価をめぐって活発な議論がなされました。





関連リンク →特別講演会案内

※本報告は事務局がまとめております。ご講演の内容やニュアンスを正確に伝えていない可能性がある点を、あらかじめお断り申し上げます。

2017年1月12日木曜日

第2回日本漢文学総合討論に対する齋藤希史先生のコメント

昨年9月に開催されました第2回日本漢文学総合討論に、ディスカッサントとしてご出席いただきました齋藤希史先生より、以下のようなコメントをツイッター上にいただいております。
https://twitter.com/mareshi/status/775166406606192641
https://twitter.com/mareshi/status/775167693921976320
https://twitter.com/mareshi/status/775168395666857984
https://twitter.com/mareshi/status/775170571164233728
https://twitter.com/mareshi/status/775171453847166977

とくに、「「漢文学」をそれぞれの地域の「文学史」に包摂すればよいというものではなく,また、「東アジア文学史」として描き出せばよいというものでもない」というご指摘は(上から三番目のコメント)、多くの方が共感されるところではないかと思います。先生のご提示されている「圏域」と「規範」という考え方をはじめ、漢字文化をめぐる新たな思考の枠組みが必要であることを強く感じます。

関連リンク
→第2回日本漢文学総合討論 趣旨説明 レポート